店主の竹茶盤への思い


こんにちは。竹茶盤.com 店主の菅井亮と申します。

私は山形県の酒田市で台湾料理専門店を営んでおります。

父が日本人、母が台湾人ということもあり、物心がつかない頃から、母の里帰りにつれられて、何度も台湾へ行き、台湾の料理やお茶に触れてきました。



そして、子どものころから「中華」を感じるデザインの日用品、工芸品に囲まれて育ちました。
 

自分のやりたいことと学んできたことがひとつに…


私は何かを作ることが好きでした。絵を描いたり、プラモデルやレゴブロックを組み立てたり。
料理もその一つでした。
 
高校卒業後は、「服部栄養専門学校 調理師科」に入学・卒業。飲食業界に入りかけましたが、デザインの仕事にも興味がわき、続けて「御茶の水美術専門学校」に入学・卒業。
 
卒業後、インテリアデザイン事務所「spinoff」に入社しました。

インテリアデザインの仕事に就いて2年ぐらい経った頃、父が経営する山形の会社で飲食店立ち上げの話がありました。
 
新たに自分で立ち上げる飲食店であれば、自分で店舗をデザインして、自分で料理が作れます。これまで学んだことが生かせます。
 
そんなお店にチャレンジしたくなり、妻に相談したところ、「私もあなたのルーツをたどる仕事を手伝いたい」といってくれました。

妻の後押しが決め手となり、故郷の酒田市に戻り、台湾料理店「如意(にょい)」をオープンしました。


 

本格台湾料理店をオープンして…


如意は恵まれた立地ではありませんでした。

さらに、オープン当初は、料理も経営も手探りでした。なかなか思うように集客ができません。毎晩、料理の本や経営の本を読み漁る日々が続きました。



お昼はランチ、夜はお酒・台湾茶、台湾料理を楽しんでいただくため、試行錯誤が続きました。

メニューは、地元酒田でとれるおいしい食材を選び、内装はしっかりと本場台湾を感じられる空間にこだわりました。


 

お店とともに歩んだ「大禾竹藝工坊」の竹茶盤


如意で使うお茶の道具は、縁があって、「大禾竹藝工坊(だいかたけげいこうぼう)」の茶盤を使っていました。
 
地元のお客様に応援されてながら、がむしゃらにお店を続け、気づけばお店の立ち上げから10年が経っていました。


 
ふと、お店のカウンターにおいてあった「大禾竹藝工坊」の竹茶番に目がいきました。
 
小さな竹茶盤を6台、オープンの頃より使用していたのですが、お湯を受ける底の面や、盤面が良い風合いに茶渋が付き、味わいがともに歩んだ苦労の跡に感じました。


 
10年間、たくさんのお客様に使っていただいた茶盤は、どこも壊れることがありませんでした。

多い時はひとつの茶盤が、1日に5人以上のお客様に使っていただいたと思います。
 
「よく、壊れずに10年もってくれたなあ・・・」
 
そして、ずっと自分を支えてくれていたんだなあと、パートナーとなってくれた道具に、とても感動したのをおぼえています。
 

あらためて思う「大禾竹藝工坊」の竹茶盤のすばらしさ




「大禾竹藝工坊」の製品は、丈夫で緻密で、いつも使う喜びを感じられる道具です。使えば使うほど、味わいが出ます。
 
このすばらしい道具を、もっと日本の皆様にも紹介したい。皆様のお茶の時間をより充実したひとときにしたい。
 
台湾と日本の架け橋になりたいとの思いで、このサイトを運営しております。
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 
竹茶盤.com 店主 菅井 亮
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